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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)284号 判決 1993年3月04日

静岡県浜松市中沢町一〇番一号

原告

ヤマハ株式会社

右代表者代表取締役

川上浩

右訴訟代理人弁士

矢島保夫

伊東哲也

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

麻生渡

右指定代理人

東森秀朋

川崎勝弘

奥村寿一

長澤正夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和六一年審判第二三九六五号事件について平成二年九月二一日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五四年四月一九日、名称を「電子楽器の楽音制御装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和五四年特許願第四八二七八号)をし、昭和六一年一一月一八日、拒絶査定の謄本の送違を受けたので、同年一二月一八日、審判の請求をし、昭和六一年審判第二三九六五号事件として審理され、平成元年四月一八日、出願公告(平成一年特許出願公告第二〇七五六号公報)がされたが、特許異議の申立てがあり、平成二年九月二一日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年一一月二七日、原告に送違された。

二  本願発明の要旨

それぞれ複数段階に操作可能な複数の操作子を有し、各操作子の操作状態に対応してそれぞれ複数ビツトからなる複数の操作子データを発生する操作子データ発生手段1と、

前記各操作手の操作量に対応したそれぞれ複数ビツトからなる複数のデータを一組のプリセツトデータとし、該プリセツトデータを複数組記憶すゐ記憶手段おと、

前記記憶手段に記憶された複数組のプリセツトデータのうちの一組を任意に選択指定するプリセツト選択手段22と、

前記操作子の操作に対応して前記操作子データ発生手段から発生される操作子データを出力するとともに、前記ブリセツト選択手段で選択操作があつたときは該プリセツト選択手段で選択指定された前記プリセツトデータを選択出力し、前記プリセツトデータの出力時にも前記操作子の操作状態が変化したときは該変化のあつた操作子に対応するデータのみを該操作子の操作量に対応する操作子テータに変更して出力する出力手段4と、

前記出力手段から出力される各データを、前記複数組のプリセツトデータのうち所望の組のプリセツトデータとして前記記憶手段に選択的に書込む手段26と、

前記出力手段から出力されている各データを前記各操作子に対応してそれぞれ表示する表示手段20と、

前記出力手段から出力されたデータに基づき発生される楽音を制御する手段8、10、15-1~15-6と

を貝えた電子楽器の楽音制御装置(別紙図面一参照)

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

2  昭和五二年特許出願公開第一四六六一五号公報(以下「引用例」という。)には下記(イ)ないし(ヘ)の事項が図面(別紙図面二参照)とともに記載されている。

(イ) 「一般にパイプオルガン、電子オルガン等は各鍵盤に対しそれぞれ複数の音色および効果スイツチすなわち通常「ストツプ」、「ストツプタブレツト」、「ドローノブ」等と呼ばれるスイツチを有し、曲の進行とともにそれらのタブレツトによる音色配合(一般にレジストレーシヨンと呼ばれる)を変化させ演奏される曲に対して様々な演奏効果をあたえる。」(一頁右下欄一二行ないし一九行)

(ロ) 「スイツチ2はジエネラル、スエル、グレート、ペダル等の各コンビネーシヨン指定スイツチのほか代表的レジストレーシヨンを固定の記憶装置にプリセツトしておきワンタツチでそのレジストレーシヨンを選択するためのフルオルガン(Full Organ)推定スイツチ、全部の音色タブレツト、効果スイツチ等をオフとするためのキヤンセルスイツチ、およびレジストレーシヨンのプリセツト時に使用するメモリスイツチ等から成り、これらのスイツチは機械的に単純に構成できるノンロツク形の単極スイツチが使用される。」(二頁右下欄一四行ないし三頁左上欄四行)

(ハ) 「読み出し專用メモリ(ROM)7には一連の第2の動作を行うための制御信号をコード化して記憶し一定の制御プログラムが形成されている。これらの第2の動作に対応するプログラムには、スウエル、グレート、ペダル等のコンビネーシヨン装置9、10、11のレジストレーシヨンのプリセツト、レジストレーシヨンの読出し、表示ユニツト15の制御たとえば表示ランプの指定および第2の動作が終了したことを示すエンド(END)信号の発生等が設定される。読み出し専用メモリ(ROM)7から読み出された制御コードはデコーダおよび書き込み制動回路8に入力しデコードされ制御信号を形成するとともに、各コンビネーシヨン装置9、10、11への書き込みのためR/Wフリツプフロツプによりタイシングがとられている。」(三頁右上欄六行ないし左下欄一行)

(ニ) 「ストツプスイツチ(41)はスイツチ2と同様のノンロツクスイツチが用いられ、オンオフ検出器(42)でのこのストツプスイツチ(41)のオンオフが検出される。ストツプレジスタ(43、44)はレジストレーシヨンメモリ(52、53)からのレジストレーシヨンを書き込む他、直接にストツプスイツチ(41)によつて各の音色、効果がオンオフされる。またこのストツプレジスタ(43、44)はプリセツト時にも使用されその出力はレジストレーシヨンメモリ(52、53)のデータ入力に与えられる。レジストレーシヨンメモリ(52、53)はジエネラルコンビネーシヨン記憶エリアとスウエル、グレート、ペダル等のサブコンビネーシヨン記憶エリアをもつ書き込み可能メモリのRAM及びフルオルガン(Full Organ)レジストレーシヨンを記憶した読み出し専用のROMから構成されている。」(三頁左下欄一一行ないし右下欄七行)

(ホ) 「これらの各出力レジスタ(45、46)より出力1、2、3が取り出されるとともにこの出力は表示ユニツト15に与えられる。表示ユニツト15は機械的な部分を最小限にするため、ランプ表示が用いられ、前述したようにデコーダ及び書き込み制御回路8よりの各音色のオンオフ表示、各コンビネーシヨン装置からの指定されたコンビネーシヨンの出力表示およびクレツシエンドの踏み込み状態表示が行われる。」(四頁右上欄一三行ないし左下欄二行)

(ヘ) 「第6図は第1図のクレツシエンドレジストレーシヨンメモリ12、アドレスデコーダ13およびクレツシエンドスイツチ14の詳細説明図である。同図(a)において、クレツシエンドベダル63は導体片64を踏み込み範囲に対し回動させ、端子651-655を順次二端子間を開閉するようにして切り替えてゆく。メモリアドレスデコーダ62は図示のように端子651-655からの入力を二分岐し一方は隣接する入力の片方にインバータを挿入し他方には挿入しないでそれぞれ対応する出力をOR回路に通したものである。これは分岐して表示ユニツト15に送られ踏み込み位置を表示するとともにクレツシエンドレジストレーシヨンメモリ61に格納される。」(六頁左下欄四行ないし一七行)

3  そこで、本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、両者は、楽音の音高、音色、音量、効果等を制御するための複数の操作手(引用例記載発明のストツブスイツチ)と、その各操作子の操作データを一組のプリセツトデータ(引用例記載の発明のレジストレーシヨン)として複数組のプリセツトデータを記憶する記憶手段(引用例記載の発明のレジストレーシヨンメモリ)と、その一組のプリセツトデータを読み出して出力する出力手段(引用例記載の発明のストツプレジスタ)と、出力手段から出力されているブリセツトデータを各操作子に対応してそれぞれ表示する表示手段(引用例記載の発明の表示ユニツト)とを有する電子楽器の楽音制御装置であるという点で一致しているが、次の(1)、(2)の点で相違が認められる。

(1) 本願発明の各操作子は複数ビツトからなる複数のデータを出力するが、引馬例記載の発明の各ストツプスイツチは一ビツトのデータのみ出力するようになつているという点で相違している。

(2) 本願発明はプリセツトデータの出力時にも操作子の操作状態が変化したときは該変化があつた操作子に対応するデータのみを該操作子の操作量に対応する操作子データに変更して出力するようにしているが、引用例記載の発明はストツプレジスタ(43、44)はレジストレーシヨンメモリ(52、53)からのレジストレーシヨンを書き込む他、直接にストツプスイツチ(41)によつて各々の音色、効果がオンオフされるようにしている点で相違している。

4  そこで、相違点(1)、(2)について検討する。

(相違点(1)について)

本願発明の操作子のように一つの操作子に複数のビツト(多数の選択値)を設けることは当業者にはよく知られたことである(昭和五二年特許出願公開第九六五二六号公報二頁左下欄二行ないし一五行又は昭和五三年特許出願公開第八七七一九号公報一頁左下欄五行ないし一四行参照)から、引用例記載の発明のストツプスイツチに換えて本願発明の操作子を用いることは当業者であれば適宜になし得ることである。

(相違点(2)について)

本願発明の操作手、プリセツトデータ、出力手段は、それぞれ引用例記載の発明のストツプスイツチ、レジストレーシヨン、ストツプレジスタに対応するものであるから、引用例記載の発明の「ストツプレジスタ(43、44)はレジストレーシヨンメモリ(52、53)からのレジストレーシヨンを書き込む他、直接にストツプスイツチ(41)によつて各々の音色、効果がオンオフされるようにしている」ということは、ブリセツトデータの出力時に直接に操作子によつて各々の音色、効果をオンオフしていることになる。このことは本願発明の「プリセツトデータの出力時にも操作子の操作状態が変化したときは該変化があつた操作子に対応するデータのみを該操作子の操作量に対応する操作子データに変更して出力する」ことと同等のことと認められる。

よつて、本願発明は引用例記載の発明と格別の相違がないものと認められる。

5  したがつて、本願発明は、引用例記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決の本願発明の要旨、引用例の記載事項、本願発明と引用例記載の発明との相違点の認定は認めるが、本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定及び相違点に対する判断は争う。

審決は、本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定を誤り(ただし、取消事由としては相違点(2)に対する判断の誤りとして主張する。)、また相違点に対する判断を誤り、もつて本願発明の進歩性を否定したもので、違法であるから、取り消されるべきである。

1  相違点(1)に対する判断の誤り

審決は、本願発明の操作子のように一つの操作子に複数ビツト(多数の選択値)を設けることが当業者によく知られたことであることをもつて、引用例記載の発明のストツプスイツチに換えて本願発明の操作子を用いることは当業者であれば適宜になし得ることであると判断している。

一つの操作子に複数ビツト(多数の選択値)を設けることか当業者によく知られたことであることは認めるが、だからといつて、引用例記載の発明のストツプスイツチ41に換えて本願発明の操作子1を用いることが当業者であれば適宜になし得ることであるということにはならない。

引用例記載の発明のストツプスイツチ41は、本願発明のように複数ビツトの操作子データを出力するものではなく、フリツプフロツプ44の状態を反転させる一ビツトのトリガー信号を出力するものであり、両者の出力の機能が異なるものである。

被告は、引用例記載の発明のストツプスイツチ41の出力するトリガー信号はストツプレジスタに記憶された音色、効果の制御信号をオンオフ制御していることをもつて、これを本願発明の操作子データに相当するものであると主張する。しかし、引用例記載の発明のトリガー信号は、オンオフ制御のための切り替え信号であるのに対し、本願発明の操作子データはそれ自体にどの程度の値にするかという情報を含んでいるという相違があるのであり、引用例記載の発明のストツプスイツチ41の出力する、単なる切り替え信号であるトリガー信号は、本願発明の操作量に当る設定値を含む操作子データに相当するものではない。

本願発明の操作子1と引用例記載の発明のストツプスイツチ41とは、出力の機能において以上のような差異があり、それに従い、本願発明、引用例記載の発明ともその各信号を受けて行う処理に差異があるのであるから、引用例記載の発明のストツプスイツチ41を単純に複数ビツト化することはできないものである。

したがつて、引用例記載の発明のストツプスイツチに換えて本願発明の操作子を用いることが当業者であれげ容易になし得ることであるという審決の判断は誤りである。

2  相違点(2)に対する判断の誤り

審決は、相違点(2)に対する判断において、本願発明の操作子、プリセツトデータ、出力手段が、それぞれ引用例記載の発明のストツプスイツチ、レジストレーシヨン、ストツプレジスタに対応するものであることを理由にして、引用例記載の発明の「ストツプレジスタ(43、44)はレジストレーシヨンメモリ(52、53)からのレジストレーシヨンを書き込む他、直接にストツプスイツチ(41)によつて各々の音色、効果がオンオフされるようにしている」ことが、本願発明の「プリセツトデータの出力時にも操作子の操作状態が変化したときは該変化があつた操作子に対応するデータのみを該操作子の操作量に対応する操作子データに変更して出力する」ことと同等であると認められると判断している。

しかし、本願発明の操作子、出力手段はそれぞれ引用例記載の発明のストツプスイツチ、ストツプレジスタに対応するものではない。

本願発明の操作子1と引用例記載の発明のストツプスイツチ41とは、前1で述べたとおり出力に差異があり、両者を対応したものとみることはできない。

また、本願発明の出力手段4は、操作子データとプリセツトデータとの二系統の複数ビツトのデータを選択出力するものであるのに対し、引用例記載の発明のストツプレジスタ43、44はフリツプフロツプであつて、一ビツトのデータを記憶保持し、その記憶している情報をストツプスイツチ41からのトリガー信号(これが本願発明の操作子データと異なることは前述のとおりである。)に応じて反転させるだけのものである。したがつて、本願発明の出力手段4と引用例記載の発明のストツプレジスタ41とは対応するものではない。

審決は、このような本願発明と引用例記載の発明についての誤つた対応を前提に、前記の引用例記載の発明と本願発明の各構成が同等のものであると判断したものであり、誤りである。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

1  相違点(1)に対する判断の誤りについて

引用例記載の発明のストツプスイツチ41から出力されるのはトリガー信号であつて、フリツプフロツプ44の状態を反転させるものであるが、ストツプレジスタ(43、44)に記憶された音色、効果の制御情報をオンオフ制御しているので、このトリガー信号は本願発明の操作子データに相当するものであることは明らかである。

引用例記載の発明がフリツプフロツプ44の状態の反転で音色、効果等をオンオフ制御することができるのはストツプスイツチ41が一ビツトであるからにすぎないものである。

そして、審決が指摘しているように、楽音の音高、音色、音量、効果等を制御するための手段として本件出願当時いずれも周知である、複数ビツトの操作子を用いるか引用例記載の発明のような一ビツトのストツプスイツチを用いるかは当業者の単なる選択事項にすぎない。複数ビツトの操作子を用いるときにストツプレジスタ等を複数ビツトに対応するものに設計変更することは当業者には自明のことで、そのような設計変更は当業表であれば容易になし得ることである。

したがつて、審決の相違点(1)に対する判断に誤りはない。

2  相違点(2)に対する判断の誤りについて

審決が本願発明の操作子と引用例記載の発明のストツプスイツチとが対応していると判断したのは、操作子全体の動作機能とストツプスイツチ全体の動作機能とを比較しているのであり、個別の操作子の動作機能と個別のストツプスイツチの動作機能とを比較しているのではない。そして、両者はともに楽音の音高、音色、音量、効果等を制御するものであり、本願発明の操作子全体の動作機能と引用例記載の発明のストツプスイツチ全体の動作機能とが対応することは明らかである。

したがつて、審決が本願発明の操作子と引用例記載の発明のストツプスイツチとが対略すると判断したことに誤りはない。

また、審決が摘示している引用例の「ストツプレジスタ(43、44)はレジストレーシヨンメモリ(52、53)からのレジストレーシヨンを書き込む他、直接にストツプスイツチ(41)によつて各々の音色、効果がオンオフされる。またこのストツプレジスタ(43、44)はプリセツト時にも使用されその出力はレジストレーシヨンメモリ(52、53)のデータ入力に与えられる。レジストレーシヨンメモリ(52、53)はジエネラルコンビネーシヨン記憶エリアとスウエル、グレート、ベダル等のサブコンビネーシヨン記憶エリアをもつ書き込み可能メモリのRAM及びフルオルガン(Full Organ)レジストレーシヨンを記憶した読み出し専用のROMから構成されている。」という記載からして、本願発明の出力手段4が引用例記載の発明のストツプレジスタ41に対応していることは明らかである。

したがつて、本願発明の操作子、プリセツトデータ、出力手段が引用例記載の発明のストツプスイツチ、レジストレーシヨン、ストツプレジスタに対応しているとして、相違点(2)において認定した両発明の構成は同等のことと認められるとした審決の判断に誤りはない。

第四  証拠関係

証拠関係は本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)及び同三(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

また、審決の本願発明の要旨、引用例の記載事項及び本願発明と引用例記載の発明との相違点の認定は当事者間に争いがなく、審決の本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定については、本願発明の操作子、出力手段と引用例記載の発明のストツプスイツチ、ストツプレジスタとがそれぞれ一致することを除き、原告は明らかに争わない。

第二  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

一  本願発明の構成等

成立に争いのない甲第二号証によれば、平成一年特許出願公開第二〇七五六号公報(以下「本件公報」という。)には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について次のような記載があることを認めることができる。

1  技術的課題(目的)

本願発明は電子楽器の楽音制御装置に関する。

電子楽器においては、発生楽音の音高、音色、音量、効果等を制御するために複数のボリユームやスイツチが設けられている。これらのボリユームやスイツチは演奏者により操作されるものであるが、演奏中などにおいては一度に多くのボリユームやスイツチを操作し調整するのは難しいので、簡単な操作で楽音の音高、音色、音量、効果等を制御することができるフリーコンビネーシヨンシステムが従来から考え出されている。このフリーコンビネーシヨンシステムは前記のボリユーム、スイツチ等の操作状態を予め幾種類かプリセツトしておき、演奏中において簡単なスイツチ操作により前記プリセツトされたうちの一つを読み出して楽音の音色、効果等を制御するというものであるが、従来のものにおいては、前記プリセツトされたデータによる楽音制御中はマニユアル操作(前記ボリユーム、スイツチの操作)による制御が効かず楽音制御に自由度がなく不便であつた。

本願発明は前述の点に鑑みてなされたもので、フトリーコンビネーシヨンシステムを備えた電子楽器において、フリーコンビネーシヨンシステムによる楽音制御に自由度を与えるようにした電子楽器の楽音制御装置を提供しようとするものである(二欄二〇行ないし三欄一七行)。

2  構成

本願発明は、前記の技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする構成(特許請求の範囲記載)を採用した(一欄二行ないし二欄五行)。

3  作用効果

本願発明は、楽音制御スイツチのマニユアル操作による楽音制御と、予め、プリセツトされたデータによる楽音制御との両機能を備えた電子楽器において、前記プリセツトされたデータによる制御実行中に前記楽音制御スイツチを操作した場合は、その操作したスイツチのマニユアル操作を優先的に生かすようにしたので、前記プリセツトされたデータを多少変更した状態で楽音を制御することができ楽音制御の自由度が増すという効果がある(一六欄三三行ないし四三行)。

二  相違点(1)に対する判断の誤りについて

原告は、引用例記載の発明のストツプスイツチ41は、本願発明の操作子のように複数ビツトの操作子データを出力するものではなく、ストツプレジスタのフリツプフロツプ44の状態を反転させる一ビツトのトリガー信号を出力するものであり、本願発明、引用例記載の発明ともその信号を受けて行う処理に差があるとして、審決が、本願発明の操作子のように操作子に複数ビツト(多数の選択値)を設けることが当業者には良く知られたことであることをもつて、引用例記載の発明のストツプスイツチに換えて本願発明の操作子を用いることは当業者であれば適宜になし得ることであると判断したことの誤りをいう。

本願発明の操作子のように操作子に複数ビツトを設けることが周知のことであることは原告も認めて争わず、また、審決が摘示する昭和五二年特許出願公開第九六五二六号公報(甲第四号証)及び昭和五三年特許出願公開第八七七一九号公報(甲第五号証)により認められるところである。

本願発明の操作子は、複数段階に操作可能なものであることを要旨とするが、前掲甲第二号証によれば、本件公報には「第1図(別紙図面一第1図参照)において楽音制御スイツチ回路1は発生楽音の音高、音色、効果等を夫々制御するためのスイツタ(「スイツチ」の誤り)を有する。ここではフルート16'系、8'、4'系、トロンボーン16'系、8'、4'糸の各音色およビブラート効果の速さおよび深さを夫々制御する楽音制御スイツチ1-1乃至1-8についてのみ示しているが、実際にはほかの音色、効果更に音高、音量等を制御する制御スイツチも設けられている。これらの楽音スイツチ1-1乃至1-8は発生楽音の音色、およびビブラート効果の程度を制御するものである。したがつて、これら制御スイツチ1-1乃至1-8からは夫々の操作子の操作量に応じた信号が出力されるようになつている。すなわち、各楽音制御スイツチ1-1乃至1-8は、例えば第2図(別紙図面一第2図参照)に示すように操作量に応じて段階的にオンされる一五個のスイツチ接点2(まつたく操作されていないときはすべてオフ)を供え、該操作量に対応した信号をエンコーダ3を介して四ビツトの信号に変換して出力するように構成される。また、このほかにも各制御スイツチ1-1乃至1-8をボリユームとし、夫々の出力をアナログーデイジタル変換しても同様の効果を得ることができる。」(四欄二一行ないし四四行)と記載されていることが認められる。

本件公報の右記載並びに第1図及び第2図によれば、本願発明において「操作子」とは、音色、効果等を制御するための操作量に対応した複数のスイツチ接点(それぞれのスイツチ接点はオンかオフかのいずれかである。)の全体をいうものであり、これが周知のドローバー等の操作片(つまみ)で操作されるものであると認めることができる。

一方、引用例記載の発明のストツプスイツチ41についてみると、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例には、当事者間に争いのない審決摘示(ニ)の記載の他、「第4図(別紙図面二第4図参照)は、第1図(同図面第1図参照)におけるコンビネーシヨン装置9、10、11におけるオンオフ検出器、ストツプスイツチ、ストツプレジスタおよび出力レジスタの詳細説明図である。同図において、ストツプレジスタはセツト、リセツト可能なトグル動作をするTフリツプフロツプ44が各タブレツトスイツチ41とこれと並列のオンオフ検出器42の入力に対応して設けられ、デコーダおよび書き込み制御回路8からの制御パルスSS1(SS2、SS3)によつてAND回路(A1~A8)43が制御されてコンビネーシヨンレジストレーシヨンメモリ(52、53)からのレジストレーシヨンがプリセツトされるように構成され、さらにTフリツプフロツプ44が回路8からの制御パルスSR1(SR2、SR3)によりセツトされる。すなわち本システムは各音色および効果タブレツトがオンのとき“1”、オフのとき“0”で示され、レジストレーシヨンも同様に示される。」(五頁右下欄二行ないし一九行)と記載され、第4図にはストツプスイツチ41として八個のタブレツトスイツチが示されていることが認められる。

右認定の引用例の記載によれば、引用例記載の発明において、ストツプスイツチ41は複数のスイツチからなり、各スイツチはオンオフの一ビツトの情報を出力するものであるが、ストツプレジスタのフリツプフロツプへの単なるトリガー信号ではなく、ストツプレジスタへの複数ビツトのレジストレーシヨン情報を書き込むためのものであり、各スイツチのオンオフの組合せにより、レジストレーシヨンにおける音色、効果を制御するものであることを認めることができる。

以上によれば、本願発明の操作子は、複数のスイツチ接点(各スイツチ接点がオンオフする。)を有し、複数段階に操作可能なものであるが、引用例記載の発明のストツプスイツチ41も、全体としては複数のスイツチからなり、各スイツチがオンオフし、いずれもその操作により、音色、効果等を制御するものであることを認めることができる。

審決は、演奏者が操作する操作片(スイツチ等のつまみ)を基準にして本願発明の操作子と引用例記載の発明のストツプスイツチ41とを対比し、引用例記載の発明のストツプスイツチ41としてはそれを構成する各スイツチ(第4図でいば各タブレツトスイツチ)を捉え、もつて、本願発明の各操作子は複数ビツトからなる複数のデータを出力するが、引用例記載の発明の各ストツプスイツチは一ビツトのデータのみ出力するという点で相違すると認定しているものと認められる。

しかし、楽音制御の機能という観点から引用例記載の発明のストツプスイツチ41全体をみるときは、各ストツプスイツチをオンオフすることにより複数の段階による音色、効果等を制御することができるものであり(これはオルガンの演奏補助装置である以上当然のことといえる。)、その点では本願発明の操作子とは差異がないということかできる。

そして、一つの操作子に複数のビツト(多数の選択値)を設けることか周知であること前述の通りである(前認定の本願発明の技術的課題(目前)によつても、本願発明は従来周知の電子楽器の楽音制御装置についてプリセツトデータによる楽音制御中にマニユアル操作によつて制御することができるようにしたという点に発明力があるとして特許出願されたものであり、複数段階に操作可能な操作子を設けることは本願発明の創造に係る新規なものではないことが認められる)。

したがつて、一つの操作片により複数の段階に音色、効果等を制御するようにすることが引用例記載の発明と相容れないものであるとは到底認めることができない。

勿論、引用例記載の発明の一つの操作片を複数の段階に音色、効果等を制御するようにするには、それによる出力を受ける機構も改変を加える必要があるが、それは当業者が適宜なし得ることである(前認定の本願発明の技術的課題(目的)によつても、電子楽器の楽音制御装置において一つの操作片からの信号の出力を受けて複数の段階に音色、効果等を制御するように構成することは周知のことと認められる。)。

したがつて、引用例記載の発明において、ストツプスイツチに代えて一つの操作子に多数の選択値を設ける周知の技術手段を採用し、相違点(1)に係る本願発明と同一の構成とすることは当業者にとつて適宜になし得ることというべきである。

したがつて、審決が相違点(1)に対して示した判断に誤りはなく、原告の主張は理由がない。

三  相違点(2)に対する判断の誤りについて

原告は、本願発明の操作子、出力手段は、それぞれ引用例記載の発明のストツプスイツチ、ストツプレジスタに対応するものではないと主張して、審決がそれらの他、本願発明のプリセツトデータが引用例記載の発明のレジストレーシヨンに対応することを理由に、引用例記載の発明の「ストツプレジスタ(43、44)はレジストレーシヨンメモリ(52、53)からのレジストレーシヨンを書き込む他、直接にストツプスイツチ(41)によつて各々の音色、効果がオンオフされるようにしている」ことが、本願発明の「プリセツトデータの出力時にも操作子の操作状態が変化したときは該変化があつた操作子に対応するデータのみを該操作子の操作量に対応する操作子データに変更して出力する」ことと同等であると認められ、両者で格別の相違がないと判断したことの誤りをいう。

しかし、本願発明の操作子と引用例記載の発明のストツプスイツチ41の機能は前二で認定したとおりであり、本願発明の操作子は一つの操作片で複数のスイツチ接点のオンオフを操作し、もつて音色、効果等を複数段階に操作することができるものであり、引用例記載の発明のストツプスイツチ41もその各操作片はオンオフの操作ができるのみであるが、その組合せにより、音色、効果等を複数段階に操作することができるものであり、ともに音色、効果等を複数段階に制御することにおいて同一の機能を有するものである。

したがつて、審決が本願発明の操作子と引用例記載の発明のストツプスイツチが対応すると認定したことに誤りはない。

また、本願発明の出力手段は、「操作子の操作に対応して操作子データ発生手段から発生される操作子データを出力するとともに、プリセツト選択手段で選択操作があつたときは該プリセツト選択手段で選択指定されたプリセツトデータを選択出力し、プリセツトデータの出力時にも操作子の操作状態が変化したときは該変化のあつた操作子に対応するデータのみを該操作子の操作量に対応する操作子データに変更して出力する」ことを要旨とするものである。

一方、引用例には審決が摘示した記載のほか前二で認定した記載(5頁右下欄二行ないし一九行)があり、これによれば、引用例記載の発明においては、操作スイツチ2に対応したコンビネーシヨン装置のレジストレーシヨンメモリから当該レジストレーシヨンを読み出して、当該レジストレーシヨンを制御パルスSS(SS2、SS3)によつてAND回路(A~A8)43を通過させ、該レジストレーシヨンがストツプレジスタに書き込まれて出力レジスタへ送られているとき、ストツプスイツチ41からの信号の入力により、直接ストツプレジスタに書き込まれるレジストレーシヨンを変化させるものである。

したがつて、引用例記載のストツプレジスタも、プリセツトされたレジストレーシヨンの出力時において、ストツプスイツチ41の操作状態が変化したときは、その変化のあつたストツプスイツチに対応する楽音制御データに変更して書き込み、出力レジスタに送るものであることが認められる。

原告は、本願発明の出力手段は操作子データとプリセツトデータの二系統の複数ビツトのデータを選択出力するものであるのに対し、引用例記載のストツプレジスタはフリツプフロツプであり、一ビツトのデータを記憶保持し、その記憶している情報をストツプスイツチ41からのトリガー信号に応じて反転させるものであるとして、両者の対応を否定する。

しかし、原告の右主張はストツプスイツチ41の個々の操作片及びそれからの入力を受ける個々のAND回路及びTフリツプフロツプの機能のみに着目したものにすぎないものであり、前述のとおり、引用例記載の発明のストツプスイツチ41が複数の操作片からなり複数の楽音制御データを出力できることに対応して、引用例記載の発明のストツプレジスタ(43、44)全体もまた複数の楽音制御データの入力を受けて記憶保持するものであり、また、プリセツトされたレジストレーシヨンとストツプスイツチ41の操作により変更されたレジストレーシヨンの二系統の楽音制御データを出力するものである。

したがつて、本願発明の出力手段は引用例記載の発明のストツプレジスタと同様の機能を果たすものであり、審決が両者を対応したものと判断したのは正当である。

そして、以上のことから、引用例記載の発明において、ストツプレジスタ(43、44)はレジストレーシヨンメモリ(52、53)からのレジストレーシヨンを書き込む他、直接にストツプスイツチ41によつて各々の音色、効果がオンオフされるようにしている点は、本願発明がプリセツトデータの出力時にも操作子の操作状態が変化したときは該変化があつた操作子に対応するデータのみを該操作子の操作量に対応する操作子データに変更して出力するようにしている点と同等であり、格別の相違はないということができるものであるから、審決が相違点(2)に対して示した判断に誤りはない。

四  以上のとおり、審決の誤りをいう原告の主張はいずれも理由がなく、審決には原告主張の違法はない。

第三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面一

<省略>

別紙図面二

<省略>

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